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割烹着の歴史

近年、人気が上昇しつつある割烹着。
割烹着は、エプロンとしての役目だけでなく、防寒や防災にも最適なため機能面でも優れています。
では、いつ頃から機能面に優れた割烹着が着用されるようになったのでしょうか。
こちらで、割烹着の歴史を遡っていきたいと思います。

割烹着の発祥

割烹着 割烹着が発祥したのは、1882年に創立した赤堀割烹牧場の初代峯翁、赤堀峯吉が、受講者の訪問着を保護するために考案したという説があります。
また、1905年に発行された月刊食道楽に、赤堀割烹牧場の女性たちが割烹着を着けて写っていることから、その時には既に、現在のような割烹着が着用されていたのではないかと考えられています。

その後、1902年~1904年の間に、割烹着は改良され、料理の場だけでなく掃除や洗濯の際にも活用できる作業着として用いられてきたのです。

日本女子大学においても、実験用の作業着として割烹着が開発されたという説があります。
当時、赤堀割烹牧場の関係者でもあった赤堀峯吉は、日本女子大学で日本料理を教えていました。
その時に、割烹着の存在を知った女子大生の間で浸透していったのではないかと考えられています。

昭和期には、割烹着が一般の主婦にも浸透していました。
1932年の大阪では、割烹着にタスキ掛けをした衣装を用いた婦人達が、千人針や出征兵士の見送り、廃品回収による献金や軍人遺族の慰問などの活動が注目を浴びるようになっていました。
次第に公式の場でも登場するようになったことがきっかけで、1941年には、愛国婦人会と大日本連合婦人会を吸収し、大規模な大日本婦人会をつくりました。
しかし、戦況が悪化してきたことで、大日本婦人会は解散へと追い込まれ、急速に物資が不足したことで木綿を入手できず、割烹服を着用することができなくなっていったのです。

現代の割烹着

物資不足から割烹着が低迷していましたが、時代が進むにつれて物資不足が解消され、割烹着が製造されるようになりました。
今では様々なデザインの割烹着が誕生しています。
若者の間では、立派なおしゃれアイテムにもなっているほどです。

割烹着の歴史、いかがでしたか?
当店でも、割烹着をご紹介しております。おしゃれな割烹着を是非ご利用になってみてはいかがでしょうか。

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